サンパウロで初めてのアパートに引っ越した日、私は obrigado を40回は言った。引っ越し業者に、午後のほとんどのあいだ業務用エレベーターを押さえてくれていた管理人(porteiro)に、ドライバーを貸してくれた隣人に。毎回同じように、一音一音ていねいに、母音をひとつ残らず発音した。ところがブラジル人たちは、私の知らない言葉でお礼を言ってきた。引っ越し業者は valeu。隣人はもう廊下の途中まで行ってから、肩越しに brigado。そして夕方、管理人にチップを渡すと、彼は Deus lhe pague と返した。
Obrigado と言って間違いになることはない。けれどもそれは、ポルトガル語で「ありがとう」を伝える方法のひとつにすぎない。ほかの言い方からは、誰が話しているのか、どれくらい親しいのか、どれほど大きな助けだったのかが見えてくる。
Obrigado か obrigada か:ポルトガル語の「ありがとう」の基本ルール
ブラジルのポルトガル語で標準的な「ありがとう」は、男性なら obrigado、女性なら obrigada だ。語尾は話し手に合わせて変わる。お礼を言う相手は関係ない。女性がタクシー運転手にお礼を言うなら obrigada、男性が女性の上司にお礼を言うなら obrigado になる。
この言葉の意味を知れば、ルールはすっと腑に落ちる。Obrigado は「恩を受けた、義理がある」という意味の形容詞で、日本語の「恩に着ます」に近い発想だ。自分について「恩に着ている」と言っているので、形容詞は自分の性に合わせる。日本語には文法上の性がないので最初は戸惑うが、理屈はこれだけだ。
発音のポイントは2つ。強勢は GA に置かれる。オブリガードゥ、オブリガーダ。そしてブラジルでは、語末の -o は「ウ」に近く聞こえる。日本でよく見る「オブリガード」のように「ド」をはっきり読むと、旅行会話集を読み上げているように聞こえてしまう。
ここまでは短い説明だ。詳しくは obrigado と obrigada のページにまとめてある。男女混合のグループに言うときの形、性別を問わない obrigade、4問のクイズも載っている。
ポルトガル語で「ありがとう」を伝えるほかの12の言い方
ブラジル人は一日じゅうお礼を言っている。バスの運転手に、レジの店員に、ドアを押さえてくれた人に。しかも、教科書どおりの言い方を使うことはあまりない。ここではほかの12の言い方を、だいたいくだけたものから改まったものの順に紹介する。ポルトガル語の j は、日本語の「ジ」より柔らかく、舌を上あごにつけずに出す音だ。
| ポルトガル語 | 意味 | 使う場面 | おおよその発音 |
|---|---|---|---|
| Muito obrigado / muito obrigada | どうもありがとう | どこでも。ひと言では足りないとき | ムイントゥ・オブリガードゥ |
| Brigado / brigada | ありがと | 早口の会話で。書くことはまれ | ブリガードゥ |
| Valeu | サンキュー | くだけた場面で。性別の語尾がない | ヴァレーウ |
| Obrigadão / obrigadona | ほんとにありがとう | 友人どうしで。大きくて温かいお礼 | オブリガダウン / オブリガドーナ |
| Tamo junto | 俺たち仲間だろ | 友人どうしで。助けのあとや別れ際に | ターム・ジュントゥ |
| Fico te devendo | 恩に着るよ | 本当に助けてもらったとき | フィーク・チ・デヴェンドゥ |
| Nem sei como agradecer | なんてお礼を言えばいいか | 大きな助けに、気持ちを込めて | ネイン・セイ・コーム・アグラデセール |
| Você é um anjo | あなたは天使だ | ピンチを救ってもらったとき | ヴォセー・エ・ウン・アンジュ |
| Obrigado por tudo | 何もかもありがとう | 別れ際、滞在や仕事の終わりに | オブリガードゥ・プル・トゥードゥ |
| Agradeço | 感謝いたします | メールや改まった場面。性別の語尾がない | アグラデース |
| Grato / grata | 感謝している | 改まったメールや結びの言葉 | グラートゥ / グラータ |
| Deus lhe pague | 神様があなたに報いますように | 伝統的な言い方。主に年配の人 | デウス・リ・パーギ |
毎日のお礼:muito obrigado、brigado、valeu
Muito obrigado は日常の「どうもありがとう」で、ドアを押さえてもらったときにも、大きな頼みごとを聞いてもらったときにも使う。muitíssimo obrigado まで強めることもできるが、そこまで行くと少し芝居がかって聞こえる。
早口になると、obrigado は最初の音節が落ちて brigado や brigada になる。耳にしない日はないが、文字で見ることはほとんどない。例外はメッセージで、どちらの形も obg と略される。
Valeu は、最初に覚えておきたかった言葉だ。動詞 valer(「価値がある」)の過去形で、直訳すれば「それだけの価値があった」というところだ。実際には、気軽な「サンキュー!」として使われる。親しみやすくくだけた言い方で、性別の語尾がないので、-o と -a のどちらにするか迷う必要もない。友人にも、ウェイターにも、Uber の運転手にも、正しいホームを教えてくれた見知らぬ人にも使えるが、知らない相手への改まったメールには書かないほうがいい。メッセージでは vlw と略す。同じ動詞から、「やる価値がある」という意味の慣用句 valer a pena も生まれていて、こちらも同じくらいよく耳にする。
友人どうしで:obrigadão と tamo junto
ポルトガル語では語尾 -ão で言葉を「大きく」できる。obrigadão は、少しおどけた大きな「ありがとう」だ。女性形は obrigadona だが、女性でも obrigadão や brigadão と言う人は多い。小さくした obrigadinho や obrigadinha は、ちょっとした手助けへのお礼ならかわいらしく、そうでなければ皮肉に聞こえる。まねをする前に口調をよく聞こう。こうした語尾が言葉のニュアンスをどう変えるかは、縮小辞と増大辞の記事で解説している。
Tamo junto は estamos juntos(「私たちは一緒だ」)を縮めた形だ。友人どうしでは「俺がついてる」という意味になり、お礼にも、お礼への返事にも、別れのあいさつにも使える。ひとつのやりとりで全部済ませることもある。Valeu, cara! — Tamo junto! スラングなので、ハグやグータッチであいさつするような相手にとっておこう。
ピンチを救ってもらったとき
ひと言では足りない助けもある。同僚が急にシフトを代わってくれたときや、友人が朝5時に空港まで車で送ってくれたとき、ブラジル人は文ごとお礼を言う。
Fico te devendo は「君に借りができた」という意味だ。essa を足して fico te devendo essa と言えば、「この借りは必ず返す」になる。短い te devo uma は「ひとつ借りができたね」だ。
Nem sei como agradecer(「なんてお礼を言えばいいかわからない」)は、大きな助けのためにとっておく。バスに置き忘れたパスポートを届けてもらったとき、隣人がひと月のあいだ植物に水をやってくれたときなどだ。Você é um anjo(「あなたは天使だ」)はもっと温かく軽やかで、ちょうどいいタイミングで現れてくれた人に向けた言葉だ。
Falando で試す: Bate-papo で 実生活の場面 を選び、porteiroと話す を選ぼう。管理人に荷物の受け取りを頼む、つまり頼みごとをする場面だ。ただの obrigado の代わりに、muito obrigado、valeu、fico te devendo を試すのにぴったりだ。
改まった「ありがとう」:agradeço と grato
メールや改まった場面でも obrigado で問題ないが、動詞 agradecer(「感謝する」)もよく目にする。Agradeço a atenção(「ご清聴〔ご一読〕に感謝します」)は署名の前に置く定番の一文で、desde já agradeço は「あらかじめお礼申し上げます」という意味だ。Agradeço は動詞なので性別の語尾がない。複数形の agradecemos は、企業がお客さんにお礼を言うときの形だ。ブラジルのレシートのいちばん下を見てみよう。Agradecemos a preferência(「ご利用ありがとうございます」)と書いてある可能性が高い。
Grato と grata は「感謝している」という意味で、obrigado と同じルールに従う。Grato pela atenção はブラジルのビジネスメールの結びの定番で、たいてい名前のすぐ上に置かれる。日本語のメールの「よろしくお願いいたします」のような位置づけだ。口に出すと堅苦しく聞こえるので、書き言葉にとどめておこう。
昔ながらのお礼:Deus lhe pague
Deus lhe pague(「神様があなたに報いますように」)は、天にしか返せない恩があると考えられていた時代の言葉だ。年配の人が手を合わせて「ありがたや」と言うのに少し似ている。主に年配のブラジル人から、それもたいてい何かを受け取ったばかりの人から聞くことになる。数枚の硬貨や、ひと皿の料理などだ。自分で使う必要はないが、聞き取れるようにはしておきたい。そう言われたら、シンプルに de nada と返せば十分だ。
この言葉は、シコ・ブアルキ(Chico Buarque)が1971年に発表したアルバム Construção の1曲目のタイトルでもある。Brasil de Fato はこのアルバムをブラジル音楽の金字塔と評している。軍事独裁政権下で書かれたこの曲は、祝福の言葉を皮肉に変え、本来なら誰も感謝する必要のないことに感謝してみせる。
「〜をありがとう」:obrigado por、pelo、pela
何に対するお礼なのかを言うには、por を足す。動詞が続くときは por と不定詞を使う。obrigado por vir(「来てくれてありがとう」)、obrigada por esperar(「待っていてくれてありがとう」)。名詞が続くときは、por が冠詞とくっついて、男性名詞の前では pelo、女性名詞の前では pela になる。日本語には冠詞も文法上の性もないので、名詞の性は単語と一緒に覚えておこう。
- Obrigado pela ajuda. 手伝ってくれてありがとう。
- Obrigada pelo convite. 招待してくれてありがとう。
- Obrigado pelas flores. お花をありがとう。
- Obrigada pela paciência. 辛抱強く待ってくれてありがとう。
- Obrigado pelo carinho. 思いやりをありがとう。送り主によっては、温かいメッセージをありがとう、の意味にもなる。
- Obrigada por tudo. 何もかもありがとう。
Tudo には冠詞がつかないので、por tudo のままだ。Convite は男性名詞なので pelo convite、ajuda は女性名詞なので pela ajuda になる。por と para の使い分けでまだつまずくなら、por と para のガイドで整理できる。お礼は por のいちばんわかりやすい用法のひとつだ。por が理由を表すからだ。
ブラジル人にお礼を言われたときの返し方
De nada(直訳は「何でもないことに対して」、つまり「どういたしまして」)は教科書どおりの答えで、いつ使っても正しい。ただ実際の会話では、ブラジル人は受けたお礼の言い方に合わせて返すことが多い。
- Obrigado! → Imagina! または De nada! Imagina は「いえいえ、とんでもない」に近く、こちらのほうがブラジルらしい。
- Valeu! → Valeu!、Tamo junto!、De boa!(「大丈夫だよ」)。
- Brigadão! → Que isso!(「いやいや、何言ってるの!」)。
- Fico te devendo! → Imagina, não foi nada.(「とんでもない、大したことじゃないよ。」)
- Muito obrigada pela ajuda. → Disponha.(「いつでもどうぞ」。やや改まった言い方で、店員がよく使う。)
- Agradeço a atenção. → Eu que agradeço.(「こちらこそ。」)
そう、valeu にはよく valeu で返す。ブラジル人どうしだと、どちらかが立ち去るまでしばらくお礼を言い合っていることもある。
最後に落とし穴をひとつ。Não, obrigado は丁寧な「いいえ、結構です」だが、ブラジルの家庭では、おかわりへの丁寧な「結構です」は、日本の遠慮と同じで一度目の社交辞令と受け取られやすい。本当にもう食べられないなら、ブラジルポルトガル語の断り方の記事に、ちゃんと通じるフレーズを載せている。
ポルトガル語の「ありがとう」についてよくある質問
ポルトガル語で「どうもありがとう」は何と言う?
男性なら muito obrigado、女性なら muito obrigada。もっと大きなお礼なら muitíssimo obrigado。友人どうしなら、obrigadão や valeu mesmo でも同じ気持ちが伝わる。
ポルトガル語の「valeu」はどういう意味?
Valeu はくだけた「ありがとう」で、動詞 valer(「価値がある」)の過去形だ。性別の語尾がないので、誰が誰に言ってもいい。メッセージでは vlw と書く。
ポルトガルとブラジルで「ありがとう」の言い方は同じ?
Obrigado と obrigada はどちらの国でも同じで、話し手に合わせるルールも同じだ。valeu や tamo junto を使うと、ブラジルで覚えたことがすぐわかる。一方ポルトガルでは、obrigadinho は心からの日常的なお礼になる。そのほかの違いはヨーロッパとブラジルのポルトガル語のガイドで紹介している。
日本語の「ありがとう」はポルトガル語の「obrigado」から来たの?
いいえ。よく聞く話ではあるし、ポルトガルの商人が1540年代に日本に来たのも、2つの言葉の響きが似ているのも事実だ。しかし「ありがとう」は形容詞「有り難し」から来ている。「有ることが難しい」、つまり「めったにない」という意味で、清少納言の『枕草子』にも「ありがたきもの」の段がある。ポルトガル人が来るずっと前から使われていた言葉なのだ。詳しい経緯は JapanKnowledge で読める。
まず obrigado、あとは耳で覚える
ひとつだけ覚えるなら、このルールにしよう。話し手が男性なら obrigado、女性なら obrigada。就職の面接から薬局のカウンターまで、ブラジルのどこでも通用する。ほかの言い方は、耳にするたびに足していけばいい。最初に身につくのは valeu だろう。1日に何十回も聞くからだ。fico te devendo と nem sei como agradecer は、初めて誰かにピンチを救ってもらったときに、grato pela atenção は、初めて大家さんにメールを書くときに身につくはずだ。
Falando で試す: ジャーナリングで短いお礼のメールを書いてみよう。obrigado pela か agradeço を使って同僚の手助けにお礼を言い、grato か grata で署名する。添削で、pela にすべきだった pelo を指摘してもらえる。
そして次にブラジル人からお礼を言われたら、de nada ではなく imagina と返してみよう。Valeu, e tamo junto!


